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高校教頭ブログ(10/23)

「人生100年時代」なのに「45歳定年制」⁈⁈⁈
 
 「少子高齢化」と言われる現在の日本――日本人の平均年齢は、女性が87.74歳、男性が81.64歳です。これはあくまでも「平均」ということなので、「人生100年時代」とも言われるようになっています。実際、今年9/15時点の100歳以上人口は86,510人ということです。また、今年の日本の総人口は約124,840,000人、19歳以下人口は約20,440,000人、20~64歳人口は約68,010,000人、65歳以上人口は約36,390,000人です。財務省の西暦2060年の人口推計によると、日本の総人口は約88,080,000人、19歳以下人口は約12,370,000人、20~64歳人口は約41,890,000人、65歳以上人口は約41,890,000人です。すなわち、約40年後の日本は、今よりも35,000,000人以上が減少し、さらにその状況の中で、65歳以上人口だけが2021年比で9%上昇すると推定されているのです。今から40年後の日本がどのような社会になっているのかを想像することは難しいですが、その社会を支える主力は間違いなく今の中高生――つまり君たちです。
 さて、先日「大企業社長の45歳定年制発言」が報道されました。これは、サントリーホールディングスの新浪剛史社長(前・株式会社ローソン代表取締役社長兼CEO)が、9月9日の経済同友会夏季セミナーで、新型コロナウイルス感染拡大が収束した後の日本経済の活性化策について「45歳定年制を敷き、個人は会社に頼らない仕組みが必要だ」と述べたことが報道されたものです。その後新浪社長は釈明したそうですが、13日には加藤勝信官房長官(当時)が記者会見で「高年齢者雇用安定法で60歳未満の定年禁止が明確に書かれている。今年4月からは70歳までの就業の確保を事業者の努力義務とする改正法が施行されており、政府はそうした法律に沿って対応していく」と説明しました。
 現状において、新浪社長の発言は現実とかけ離れたものと考えますが、「40年後の日本社会」においては、雇用を含めた社会のドラスティックな改革やパラダイムシフトが必然なのかもしれません。若い世代が未来の社会を担う覚悟と、「アラ還世代」の一人一人が“Be a good example for the future generation."という気概を持つことが、新たな社会を作っていく礎になると思っています。お互い頑張りましょう!

中学教頭ブログ(10/22)

 第100代岸田総理大臣が誕生し、新内閣がスタートしました。マスコミ各社が内閣支持率調査を実施しています。岸田内閣の発足当初の支持率は49%。菅内閣の発足時よりも13ポイント低いそうです。まだ、発足したばかりにもかかわらず、数字を比較することは気の毒だと思うのですが。岸田総理には数字に一喜一憂することなく、着実に政策を実行し成果をあげてくれることを期待します。

 本校でも教員の支持率調査が定期的に行われています。「授業評価アンケート」と呼ばれるものです。生徒たちがそれぞれの授業に対して率直な意思表示ができる機会を作っています。その調査結果に基づき、先生方は自分のこれまでの授業のあり方を振り返る機会とするのです。

 私の授業への支持率を紹介します。「総合満足度」は96%。つまり、4%の生徒は不満があるということです。「内容理解」は84%。16%の生徒は私の授業がよく解らないと回答しています。そして、「熱意意欲」という項目は100%。私の「やる気」だけは生徒たちに伝わっているようです。先生方はこのアンケート結果を授業改善に役立てています。

 毎年の調査結果を見ると、「満足度が高い評価=充実した授業」とは限らないようです。「居心地が良い授業=高満足度」の傾向があるのです。つまり、提出物等の指導が厳しい先生の授業は満足度が低くなるのです。ですから、私たちも数字はあくまでも一つの指標としてとらえ、自分の授業スタイルは大切にして生徒たちと向き合っていくべきだと考えています。

 ある雑誌では、いい人過ぎる「岸田”絹ごし豆腐”総理」などと評されています。無責任なことを言っているマスコミこそ、その報道のあり方を考えるべきだと思っているのは私だけでしょうか?岸田総理大臣には「耳を傾ける」だけでなく、「決断力」を発揮してこの苦しい時期を乗り越えて欲しいと思います。応援しています。

中学教頭ブログ(10/15)

 上野動物園で生まれた双子のパンダの名前が決まりました。オスは「暁暁(シャオシャオ)」、メスは「蕾蕾(レイレイ)」となりました。「シャオシャオ」は482件、「レイレイ」は7,617件の応募数があったそうです。一番応募数が多かった名前は、オスが「レンレン」(5,124件)、メスが「メイメイ」(13,050件)でした。つまり、応募数の多さだけで名前が選考された訳ではありません。

 「暁暁」は夜明けの光が差して明るくなっていく様子を表し、「蕾蕾」は蕾から美しい花が咲いて未来へ繋がっていくことを意味している名前です。名前はその時、その時代を象徴している場合が多いようです。コロナ禍で苦しんでいる今だからこそ選ばれた名前と言ってもいいでしょう。

 私の父方の祖母の名前は「キン」、母方の祖母の名前は「キク」で、いずれもカタカナ表記でした。明治から大正にかけての流行が日本人の名前にもあったようです。また、現在も元気ですが、戦時中に生まれた叔母がいます。その叔母の名前は「タメ子」と名づけられました。お国の為(タメ)になるようにという意味が込められたそうです。今考えると、「ぞっ」とする名前ですが。

 私の父親は「幸男」、母親はいつも賑やかだった「静枝」という名前でした。名前にはやはり期待が込められているようです。兄の名前は「範幸」。模範的な人間になるようにという意味なのでしょう。そして、私の名前が「政幸」です。「政(まつりごと)」から類推すると、国を統治するような大物になることを願って名づけられたようです。「正行」「正幸」「雅之」「昌行」など、さまざまな漢字表記がありますが、私の「まさゆき」にはあまりお目にかかることがありません。

 「藤嶺台にそそり立つ 学びの窓にうち集い…」。校歌の冒頭の部分です。遊行寺本堂を訪れると「登霊臺」と記された扁額が掲げられています。本校の校名は、本来の漢字に当てはめると「登霊学園藤沢中学校」となるのかも知れません。

高校教頭ブログ(10/14)

「半分嘘で半分本当」

 高校教頭ブログ(9/30)で来年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」について少々書きました。そして、鎌倉市観光協会公式HP内特設サイトで「来迎寺【西御門】(鎌倉市西御門1-11-1)▶ゆかりの人物:源頼朝」とされていることを紹介し、それは「半分嘘で半分本当」と結びました。今回はそのことについて書きます。
 「源頼朝公ゆかり」と言っても、頼朝公は1199年没で、来迎寺創建は1293年なので、頼朝公は来迎寺に「来てもいないし見てもいない」ということになります。では、来迎寺創建に頼朝公関係者が携わったかというと、それもなしです。では、なぜ……現在来迎寺には、本尊阿弥陀如来の他に、他寺院から移ってきた「客仏」として「如意輪観音」「地蔵菩薩」「跋陀婆羅尊者」の三体が祀られています。これら三体は江戸時代末まで頼朝公を供養した「法華堂」に安置されていたのですが、明治初年に鶴岡八幡宮より白旗神社が同地に分祀勧請され、そして同年の神仏分離令により行き場がなくなったことで来迎寺に移されたというわけです。すなわち、来迎寺は「源頼朝公ゆかりの法華堂から移された三体の仏像が祀られている寺」ということになるのです。ちなみに、これら三体の仏像は1300年代の作なので、頼朝公は「見てもいないし拝んでもいない」ということになります。「半分嘘で半分本当」の話でした。

中学教頭ブログ(10/9)

 米プリンストン大上席研究員である真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞されました。おめでとうございます!日本人のノーベル賞受賞者は28人目となるそうです。現在は米国籍を取得されているそうですが、日本人としての誇りであることは言うまでもありません。

 記者会見をテレビで拝見したとき、真鍋氏の若々しさに驚かされました。90歳というご高齢でしたが、顔の肌ツヤが私と同レベルであることにショックを受けました。若さの秘訣は、日課としている「水泳」にあるようです。1日1,000Mを泳ぐことも珍しくないようです。真鍋氏の真似をしてと言いたいところですが、私は「水」が大の苦手です。大学時代に台風一過の伊豆・今井浜海岸で溺れた経験があるからです。親切なサーファーの方に助けていただきました。それが今でもトラウマになっています。

 さて、小学生の「習い事」ベスト10のトップは、ダントツで「水泳」だそうです。男子の3人に1人がスイミングスクールに通っています。第二位は「英会話教室」。次に、「音楽教室」、「サッカー」と続きます。注目すべきは、第八位に「そろばん」が登場することです。私自身も小学校4年生から「そろばん」教室に通わされました。「そろばん」を使っての計算トレーニングが数学力に影響すると母親は勘違いしていたようです。算数・数学の成績はさっぱりでしたが、「そろばん」で身に着けた計算力は今でも役に立っています。

 藤嶺藤沢では保護者・卒業生・一般社会人の方々の協力により、遊行塾(土曜講座)を開講しています。プールがないため「水泳」の講座はありませんが、「そろばん」教室は開講しています。その他には「能楽って何?」「脳力開発囲碁講座」「ロボットを作ろう!」など、普段の授業では体験できないことが学べる貴重な機会となっています。生徒たちが「学ぶ」ことに目を輝かせてくれることを期待しています。

高校教頭ブログ(10/8)

人生ヒットエンドラン
 人はなぜ生きるのか?……この問に対する誰もが納得する解答を持っている人はいないでしょう。ある人にとっては、この問に対する答えを見つけることこそが、生きる意味だと思っている人もいるでしょう。また、中には「夢や目標を達成するため」と答える人もいるかもしれません……その過程で人は磨かれてゆき、周囲に対してもいい影響を与えるようになるものです。元プロ野球選手のイチローさんは「夢や目標を達成するには1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること」と言っています。しかしながら、「小さなことを積み重ねれば、夢や目標が叶う」とは言っていません……人生はそれほど単純ではないのです。
 「人生はヒットエンドランのようなもの」……これは私が折々思うことです。ヒットエンドランとは、野球の試合で、投球と同時に走者が次の塁へスタートし、打者はその投球を打ち、通常より早く進塁を狙う戦術です。うまくいけば、ランナー一塁三塁となり、得点チャンスを迎えられます。しかし、例えば打球がライナーとなり捕球されればダブルプレーの可能性が高く、チャンスは一気に萎んでしまいます。うまくいく、いかないの差は、バットがボールに当たるところが1㎝ずれる、バットにボールが当たるタイミングが0.1秒違う、その程度でしょう。人生も同じです。ほんのわずかな差や違いが、人の一生を左右することもあるのです。「偶然」や「必然」や「運命」や「巡り合わせ」や「出会い」によって、人は良くも悪くも左右されながら生きて行かざるをえません。もちろん、それらに翻弄されるという後悔をしないためには、周囲に流されるのではなく、その時その時に自分でしっかり決断をすること、その場その場で最善を尽くすことが必要です。
 さて、今私の手元に「白球に賭ける!~人生ヒットエンドラン」(近藤唯之著)があります。昭和52年に初版が発行されており、「人間くさいさまざまなプレーや言動を野球の中からひろってみた」という本です(若き日の私はこの本にかなりの影響を受けました)。著者の近藤唯之氏は、去る9月23日に91歳で逝去され、11月に鎌倉市西御門来迎寺にある近藤家墓所に埋葬されることになっています。

高校教頭ブログ(9/30)

「鎌倉殿の13人」
 皆さんはNHKテレビ(総合)の「大河ドラマ」を見ているでしょうか?今年は『青天を衝け』というタイトルで、幕末に生まれ、明治、大正、昭和期にかけて活躍した日本の実業家であり、近代日本資本主義の指導者であった渋沢栄一の物語です。
 来年の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』というタイトルで、作・脚本は三谷幸喜氏、主演は小栗旬さん、そして物語は鎌倉幕府二代執権北条義時です。「平安時代末から鎌倉時代前期を舞台に、源平合戦と鎌倉幕府が誕生する過程で繰り広げられる権力の座を巡る駆け引きと、その勝利者で北条得宗家の祖となった北条義時を主人公に描く」とのことです。
 物語の舞台となる鎌倉市では、大河ドラマを起爆剤としてアフターコロナとなる来年に多くの観光客や寺社参拝客を呼び込もうという動きが出てきています。例えば、鎌倉市観光協会公式HPでは「鎌倉殿と13人の重臣<特設サイト>」を立ち上げ、「鎌倉は2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の舞台です。大河ドラマを楽しむために知っていただきたい鎌倉の情報等についてお知らせします。」という見出しをつけています。そのサイト中に「ゆかりの地を巡る」があり、1番目には「法華堂跡(北条義時墓)」、2番目には「法華堂跡(源頼朝墓)」、3番目には……「来迎寺【西御門】(鎌倉市西御門1-11-1)▶ゆかりの人物:源頼朝」となっているのです!(来迎寺は私が住職をしております時宗寺院です。)「ゆかりの人物:源頼朝」は、「半分嘘で半分本当」という感じです。

 この続きは、またの機会に語ります。

中学教頭ブログ(9/30)

 我が家の近くに、あの「崎陽軒」の直営販売店がオープンしました。駅の改札口付近やプラットホームではよく見る販売店ですが、郊外に販売店を展開する戦略を打ち出したのだそうです。「崎陽軒」の売り上げの8割はシウマイと弁当で占めるそうです。その売り上げがコロナ禍の影響で4割ほどに落ち込んでしまった時期があったようです。旅行客や出張サラリーマンが列車の中で食べていた、あの「シウマイ弁当」が全く売れなくなってしまったのです。販売戦略を変えざるを得なかったのでしょう。テレワークのサラリーマンをターゲットにした郊外店舗の増設や宅配無料サービスなどの導入により、この苦境を乗り切っているそうです。

 昨年の中学3年生の熊野研修旅行(11月は実施可能でした)では、新横浜駅で「シウマイ弁当」を積み込んでもらいました。新幹線の車中で食べるシウマイ弁当の味は、格別だったのを覚えています。また、旅の気分にも花を添えてくれます。まだ、食べたことのない方は、是非一度召し上がってみてください。5個も入っているシウマイのうまみ、マグロの醤油味、タケノコの食感、そしてアンズとの組み合わせは何とも言えません。

 我が家でも毎月一回は食卓に「シウマイ弁当」が登場します。なぜか食べたくなる逸品です。「シウマイ弁当」は見た目よりもかなりボリュームがあります。ごはんがぎっしりと詰まっているせいです。若者たちには満足できる量だと思いますが、年配の方には多すぎます。「シウマイ弁当」をクリアした方は、次のステージに「赤飯弁当」があります。私のおすすめです。シウマイの数は減りますが、おかずのバランスが優れています。私は、最近この「赤飯弁当」にハマっています。㊟「シウマイ弁当」よりも仕込み数が少ないですから、売り切れにご注意ください。

中学教頭ブログ(9/22)

 9月21日(火)、藤嶺学園関係者の合同慰霊法要が遊行寺本堂にて営まれました。例年は藤嶺学園三校の高校1年生が一堂に会し行われる行事ですが、感染防止のため生徒の参列は見送られました。

 毎年、慰霊祭は秋のお彼岸の時期に行われているのですが、お彼岸に仏様にお供えするものに「おはぎ」があります。漢字で表すと「お萩」となります。つまり、「萩」は秋の七草の一つに含まれているわけです。一方、春のお彼岸に供えるのが「ぼたもち」となります。漢字では「牡丹餅」と記します。「牡丹」は春の花となるわけです。それでは、「おはぎ」と「ぼたもち」の違いは一体何なのでしょうか。調べてみました。「おはぎ」は粒あんで、「ぼたもち」はこしあんから作られたものを指すそうです。

 小豆の収穫時期は8月下旬~9月上旬です。収穫したての小豆は香りがよく、皮も柔らかいので、粒を生かして「粒あん」で食べる習慣となったようです。一方、春は貯蔵していた小豆を使って作るため、硬い皮を取り除き、「あんこ」のみにして「ぼたもち」にするそうです。要するに、「こしあん」と「粒あん」の違い、「ぼたもち」と「おはぎ」の違いは季節が生み出したものとなるようです。

 年齢を重ねるごとに、食後に甘味を欲してしまうのは私だけでしょうか。特に、「あんこ」は大好物です。ちなみに私は、「粒あん」派です。横浜に出向いたときに必ず買って帰る逸品があります。横浜高島屋B1Fで売っている「大判焼き」です。いつも行列ができている有名店だそうです。甘味好きな方は是非お立ち寄りください。おすすめです。

高校教頭ブログ(9/20)

開山忌と慰霊祭
 9月21日~24日まで遊行寺では「秋季開山忌」が行われます(今年は縮小で22日から)。この期間は、時宗の開祖一遍上人の遺徳を偲び、様々な法要が行われます。ちなみに、4月21日~24日には「春季開山忌」が行われ、遊行寺を開いた呑海(どんかい)上人の遺徳を偲ぶ法要があります。
 一遍上人は、鎌倉時代の延応元年(1239)に瀬戸内海を制圧していた河野水軍の豪族の子として生まれました。以来多くの困難・試練を経験し、36歳のときに諸国遊行を始め、文永11年(1274)に熊野本宮大社証誠殿にて熊野権現より神託を受けて悟りを開きました。そして、51歳で亡くなるまで「遊行・賦算・踊念仏」を続けました。ちなみに、時宗の宗紋「隅切三(すみきりさん)」は河野家の家紋です。
 さて、秋季開山忌は、「お彼岸」の時期とも重なるため、以前は県内外各地から大勢の参拝者があり、東海道線の本数が今より少ない頃は、臨時列車まで出たという話です。境内は露店や見せ物小屋やサーカスまでが来て大いに賑わったそうです。今ではすかっり寂れてしまいましたが…。
 毎年、開山忌初日の午前11時より「藤嶺学園関係物故者追悼慰霊法要」、通称「慰霊祭」が営まれています。この1年間に亡くなった藤嶺学園関係者の霊を慰める法要です。この法要には、御遺族を始めとして、理事長先生や学園の御重鎮、そして藤嶺藤沢・藤沢翔陵・鵠沼の高1生が参列し、厳粛な中で行われます。法要後には、お上人より「お札」を頂くことができます。(残念ながら本年はコロナ禍ということで生徒の参列はありません。)
 では、なぜ、在校生が参列をして「慰霊祭」を行う必要があるのでしょうか。皆さんはお墓参りに行ったことがあると思います。どこのお墓にお参りしたかというと恐らく各々の「ご先祖」のお墓でしょう。では、なぜご先祖のお墓にお参りするのでしょうか。それは「自分へと連なる多くのご先祖のたった一人でも欠けたら、今の自分の存在はない。今自分達が生きているのはご先祖のお陰なのだ。だから、ご先祖に感謝をし、元気でいる姿を見せ、そしてこれからもご先祖に恥じないように一生懸命毎日を過ごす。」という気持ちがあるからでしょう。よく考えてみましょう。皆さんが藤嶺学園の生徒の一員であれば、卒業生や元職員の方々は、生徒としての皆さんにとっての、言わば「ご先祖」にあたるのではないでしょうか。「ご先祖」である卒業生の存在があったからこそ、今の学園があり、今の皆さんの学校生活があるのです。本来なら生徒全員が慰霊祭に参列すべきなのでしょうが、物理的な理由もあり、藤嶺藤沢・藤沢翔陵・鵠沼の各高校1年生だけが参列をします。「慰霊祭」を迎えるにあたり、先人へ思いを馳せ、翻って今の自分を見つめ直す機会にしてほしいと切に願うところです。